その昔、自動車電話の付いた高級車に乗っている社長さんがいた。ほぼほぼ、００７の世界だ。

中古自動車販売屋さんの携帯電話はコンバットの無線機のようだった。･

僕の前職は測量会社で事務所と車は無線機で繋がれ現場では雑音はなはだしいトランシーバーを使ってた。

世間ではポケットベルなるものが普及し今のハンド携帯電話へと進化していく。

初めて手にしたのは30年前。値段も高く電話代も半端なくバッテリーはすぐに無くなった。

･

22年前にインターネットを導入しホームページを立ち上げる。･

もうパソコンなしでは仕事も生活も成り立たなくなってしまっている。

それが携帯に内蔵され、電話＋インターネット＋FB＋LINE＋αと便利さは増すばかり。

･

その携帯の画面が突如真っ黒に、うんともすんとも、口を閉ざし生きているのやら死んでいるのやら。･

百獣の王ライオンは我が子を谷底に突き落とし這い上がって来た生命力の強い子を育てるという。･

今はアイフォン１１の時代。僕が使ってるのはアイフォン５。化石の様な代物だ。･

崖下から這い上がって来たたくましき我が子を8年間も休まず働かせた代償が重くのし掛かる。

･

･

･･

販売店にいったが販売だけで修理はしないらしく、コールセンターから宮崎の店を紹介された。

･

宮崎の修理店で先輩から指導を受けながら僕に受け答えする少女に運命を託した。

3万円の見積書がコロナ除けのビーニールの下から顔を出し修理ができると少女がほほ笑んでいる。

助かった。体中の緊張感が抜けそこに僕は崩れ落ちた。

･

･

さらに「3万円掛けるのであれば機種変更した方がお得かと存じますが」アドバイスまでくれた。

データが移せればそちらの方が得だ。今さらアイフォン5を修理して使う必要もない。

するとモナリザが「電源が入らないのでデータは移せませんけど」と3度目の笑みを浮かべた。･

・

帰りに個人の修理屋さんに立ち寄ってみたが無回答。

恐れていたことが現実に、莫大な量のデータ損失。

これが仕事にどれだけ影響するのか想像もつかない。

とに角電話だけでも復旧しなければ明日の仕事に差し支える。

･

･

販売店で同じタイプを選び容量の特盛を注文するも在庫切れで来るまでに2週間はかかるそうだ。

次に勧められた商品は羽子板大の特大サイズ。これはポケットに入らないし重たそう。

そうだ、違う店に行けば在庫があるかも知れない。

･

･

その店の対応は違っていた。「お客様の携帯を見せて下さい。もしかするとデータが拾えるかも知れません」

今日一日駆けずり回り、ずっとこの言葉を待っていた。

そう言い残し彼女は白いドアの奥に消えた。

･

･

１０％の望みを膨らませ1時間後再び販売店へ。

彼女は他の接客をしており、受け継いだ若いアルパカ風の青年が対応する。

彼も又彼女と同じ僕が喜ぶ言葉を耳元でささやいた。

感情を表に出さないエンジニアは僕からパスワード聞き出すと最後のEnterボタンを押した。

お願い首を横に振らないで…すると彼は大きく息を吸い込み左に大きく首を傾げた。

ダメなの？

息もせず横たわるアイフォン５に心臓マッサージをほどこしAEDの電源を入れる。

脳死状態のアイフォン５からアイフォン１１に移植手術が始まる。

･

「出来ました。成功です」２０００件に及ぶ電話番号が返って来た。

･

他のデータとかは無理ですよね。

ドクターアルパカは腫瘍部分を取り除きFBとLINEをピンセットでつまみ上げステンの皿にチャリンと落とした。

･

皆様、携帯電話はバックアップもしくはデータを保管できる機種をお選び下さいませ。

･

彼と2年後アイフォン12に交換する約束をし、僕の長い一日が終わった。

･

･

･

･